6188アルゼンチンのエボ・モラレス、メキシコを去ることを選んだ理由(191212)

「私はアルゼンチンに到着した。最も謙虚な人のために戦い続け、偉大な祖国を団結させる。私は強く元気だ。」

 エボ・モラレスが12日の朝、アルゼンチンに到着し、同国の新政権が亡命者として受け入れた際の最初のメッセージであら。

 ボリビアの前大統領は先月メキシコに亡命し、その後医療検査のためにキューバを訪問した。

 アルゼンチンは、11月10日に大統領職を辞任して以降、モラレスが立ち寄った3番目の国である。

 同国のフェリペ・ソラー外相は、ブエノス・アイレスでの滞在がメキシコシティの滞在よりも長くなること、つまり「滞在して亡命者として残る」ことを示唆した。

 同外相は12日、「遠く離れているメキシコよりもここの方が気分がよく、2人の子供たちもここにいる。 」と付け加えた。

 しかし、地理的な近さだけが、彼がアルゼンチンに残る理由ではなく、モラレス自身が「戦い続ける」と述べたことと関係が深いと理解されている。

 他方、アルゼンチン政府は、モラレスがその国にいる間に「 政治的声明を出さないというコミットメント 」を要求したことをすでに発表していることから、元大統領がどれほどの戦いをすることができるか疑問が残っている。

 ボリビアでは、コカ関連指導者の党である「社会主義運動」は、先週末に全国会議を開催し、2020年前半にボリビアで開催される新しい選挙で国の大統領職を取り戻すことを決定した。

 同会議のもう一つの決議では、モラレスは亡命先における選挙運動のリーダーである。

「選挙運動リーダーとして私を選んでくれたことに感謝する。統一候補者を選出し、一回目の投票で再び勝利しよう。」前大統領は同政党の会合後にこう呼びかけた。

 13年9か月18日間の大統領期間後、任期第4期をあきらめると発表したが、ボリビアの政治に関与し続けるとも述べている。

「アルゼンチン経由で自国に近づくのは、はるかに良いことだ。」モラレスは11月、就任前のアルベルト・フェルナンデス大統領の亡命申し出を受けたとき、このように述べた。

モラレスの政敵たちは、次期選挙の指導者にモラレスを任命した社会主義運動を非難した。

 無効になった10月20日選挙の主要なライバルであったカルロス・メサは、「高度な政治的役割を行使するには、コカの指導者モラレスには非難されるべきことが余りに多い。」と述べた。

「大統領、前大統領としての行動を誤った責任ゆえに、モラレス氏がキャンペーンの責任者になることは理想的ではないように思える。」メサはCNNとのインタビューで語った。

 モラレスは、大統領選挙が行われるたびに、アルゼンチンのボリビア移民社会のお気に入り候補者であることに慣れている。

 10月の選挙は無効になったが、彼はその82%の支持を得た。

 アルゼンチンは、自国を離れるボリビア人の主要な目的地である。そこには約200万人の移民が住んでいると推定されている。

 また、モラレスの辞任後、ブエノスアイレスは、ボリビアの国外では、前大統領を支持する最多数の抗議震源地であった。

 ボリビアの政治アナリスト、ホルヘ・デュロンの意見では 、モラレスがアルゼンチンの領土に留まることは、自国への地理的な近さだけでなく、政治的行動のためにも戦略的であると言う。

「アルゼンチンには、彼の党の運動家がおり、またモラレスに同情的メディアがある。」

 デュロンは、アルゼンチンへの亡命は、ボリビアでの権力回復のための戦略である可能性があるとしている。

 アルベルト・フェルナンデスがアルゼンチン大統領に就任する前の日には知られなかったことがあり、それはエボ・モラレスを式典に招待することであった。

 それだけでは不十分で、ボリビアの暫定大統領であるジーニーヌ・アニェスは、ブエノスアイレスでの公式行事に参加するとの正式な発表もなかった。

 モラレスは14年間の任期を通じて、二人のアルゼンチン元大統領ネストル・キルチネルとクリスティーナ・フェルナンデスとの良好な関係を常に強調しており、クリスティーナは、今回副大統領としてカサ・ロサダに戻った。

 また、アルベルト・フェルナンデスがマウリシオ・マクリとの選挙戦にあった最中、エボは前者の勝利への彼の支持を表明することに何のためらいもなかった。

 12日木曜日、アルゼンチンの外務大臣は、フェルナンデス・フェルナンデスの二人組が、モラレスの支援の決定には時間がかからなかったことを明らかにした。

 「もしそうしなければ、彼はすぐに命の危険にさらされる可能性があり、それはボリビアの地に血を流すことになるからだ。」ソラはモラレスに対する迅速な申し出について説明した。

 デュロンにとって、「エボ・モラレスとフェルナンデスの関係は、アンドレ・マヌエル・ロペス・オブラドールとの関係とは比較できない。」

 また、クリスティーナ・フェルナンデスがボリビアの指導者とともに「21世紀の社会主義」と名付けた政治的同盟の一部であったことを指摘した。

「エボ・モラレスにとっては、メキシコシティよりもアルゼンチンに居座る方が明らかに快適だ。」

(BBC Mundo219/12/12:Evo Morales en Argentina: las razones por las que el expresidente de Bolivia optó por asilarse en ese país y abandonar México)

ラテンアメリカから見た世界と日本

2004年9月から2012年2月までの約7年半の期間、「ラテンアメリカから見ると」のタイトルでブログを維持していましたが、力を入れすぎて目が痛くなり、撤退しました(通巻6175号)。  スペイン語の勉強を再開したこともあって、ブログも再開しました。

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